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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)203号 判決

原告

四代目会津小鉄

右代表者会長

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

南出喜久治

若松芳也

遠藤誠

被告

国家公安委員会

右代表者委員長

佐藤観樹

右指定代理人

青野洋士

外一六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  京都府公安委員会が暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律三条に基づいてした原告を同条所定の暴力団とする指定に対する原告の審査請求を棄却した被告の平成四年一〇月二九日付けの裁決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は肩書住所地に本拠を置く任侠団体である。

2  京都府公安委員会は、平成四年七月二七日、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「法」という。)三条に基づいて原告を同条所定の暴力団として指定する処分をした(以下「本件処分」という。)。

原告は、同年八月三日、被告に対して本件処分を不服として審査請求(以下「本件審査請求」という。)をしたが、被告は、同年一〇月二九日付けで、本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

3  しかしながら、本件審査請求の審理手続(以下「本件審理手続」という。)には次のような違法があるから、本件裁決は取り消されるべきである。

(一) 口頭による意見陳述の聴取及び審尋の手続の違法

(1) 原告は、審査庁に対し、行政不服審査法二五条一項ただし書に規定する審査請求人の口頭による意見陳述及び同法三〇条に規定する原告代表者の審尋を申し立て、被告はこれに基づき、平成四年一〇月九日、原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋を行った。ところが、右聴取及び審尋の期日においては、警察庁の職員三名のみが手続を行い、国家公安委員長又は国家公安委員のいずれも出頭しなかった。

このような手続は、以下の理由により、違法である。

(2) 行政不服審査法三一条は、審査庁である被告が口頭による意見陳述の聴取及び審尋をさせることができる者として、「その庁の職員」と規定するから、その者は被告の職員に限られると解される。警察庁の職員は被告の職員ではないから、右手続には同条に違反して行われた違法がある。

(3) 仮に被告が、右聴取及び審尋の手続を行うことを、他の者に委任したものであるとしても、法二九条は、被告が法又はこれに基づく命令の規定により被告の権限に属する事務で、政令で定めるところにより警察庁長官に委任することのできるものから、法二六条一項の規定による審査請求に係る事務を除いているから、被告は、右聴取及び審尋の手続については、これを警察庁長官に委任することができないものと解される。国家公安委員会の機能と任務を規定する基本法である警察法は、国家公安委員会の設置目的及び機能を、警察庁を管理し、警察権力を民主的に抑制することと定めている(同法一条及び五条二項)。このような国家公安委員会の制度趣旨に鑑みれば、法二九条は厳格に解釈し法二六条一項の審査請求に係る事務について警察庁長官に委任することを一切禁止したものと解すべきである。

また、行政庁が自己に与えられた権限の全部又はその主要な部分を他の機関に委任することは許されないと解すべきところ、審査請求人の口頭による意見陳述の聴取及び審尋の権限は、審査庁に与えられた権限の主要な部分であると解されるから、その性質上機関委任になじまない事項にあたると解すべきである。

したがって、右聴取及び審尋の手続は、被告から権限の委任を受けることができず、これを行う権限を有しない者が行ったものとして、違法である。

(4) 仮に被告が、右聴取及び審尋の手続を行うことを、警察庁の職員三名に直接委任したものとすれば、権限の委任は各行政機関の相互間において行われるものであり、特に法令上の定めがない限り、一つの行政機関が他の行政機関に属する職員に直接権限を委任することはできない。本件において、被告が警察庁の職員に直接権限を委任することを可能とする法令の規定はないから、被告は、このような委任をすることもできない。したがって、右聴取及び審尋の手続は、被告から権限の委任を受けることができず、これを行う権限を有しない者が行ったものとして、違法である。

(二) 審理不尽による違法

(1) 原告は、処分庁が本件審理手続において被告に提出した書類その他の物件だけでは、本件処分の理由となった事実を認定するには不十分であるとの理由により、行政不服審査法二八条に基づき、被告に対して、本件処分の根拠となった一切の書類その他の物件の提出を処分庁に求めることを求める申立てをした。しかしながら、被告は、右申立てに係る書類その他の物件は本件審査請求の審理につき必要がないと認められるとの理由で、右申立てを拒否する決定をし、その上で本件裁決をした。本件裁決は、右のように十分な証拠に基づかない事実認定によってされたものであるから、審理を尽くさないでされた違法がある。

(2) 原告は、本件審理手続において同法二六条に基づき証拠書類及び証拠物を提出したが、本件審理手続終了後に原告に返還されたこれらの証拠書類及び証拠物には、損傷や折り目など謄写等をした形跡が全くなかった。このことからすれば、被告の構成員である国家公安委員はこれらの証拠に一度も目をとおさないままで本件裁決をしたことが明らかであるから、本件裁決には、審理を尽くさないでされた違法がある。

(三) 本件処分の違法性を看過した違法

本件処分は次のとおり原告が法三条に規定する要件を欠くのに行われた違法なものであり、本件裁決はこのような違法を看過して行われたものでそれ自体違法であるから取り消されるべきである。

(1) 法三条による指定の対象となる暴力団とは、法二条二号所定の「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれのある団体」であるところ、原告はその内規において暴力的不法行為を禁止する旨定め、構成員に対して暴力的不法行為をすることのないよう指導して暴力的不法行為の防止に努力しているのであるから、暴力的不法行為を行うことを助長するおそれのある団体には当たらない。

(2) 法三条一号は、同条の指定の要件として当該暴力団の実質上の目的が「当該暴力団の暴力団員が当該暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得ることができるようにするため、当該暴力団の威力をその暴力団員に利用させ、又は当該暴力団の威力をその暴力団員が利用することを容認すること」であると認められることを定めているが、原告には暴力団としての威力はなく、その構成員に原告の威力を利用することを容認したこともないから、本件処分は同号の要件を欠くものである。

(3) 原告の構成員の中には犯罪経歴保有者がいるが、これらの者がした不法行為は原告の助長によって遂行されたものではなく、原告とは無関係に行われたものにすぎないから、原告は法三条二号の要件を満たさない。

(四) 裁決の理由不備

原告は、本件審理手続において、原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋が被告の職員ではない者によってされたことについて被告に異議を申し入れ、釈明を求めたが、被告はこれに応じなかった。審査請求人は、審査庁が審査手続において法令に違反しあるいは釈明義務に違反したことについて独立に不服を申し立てることができないから、審査庁は、これらの違反があったとの申立人の主張については裁決において判断すべきであるのに、本件裁決ではその点について判断されていない。したがって、本件裁決にはそれ自体で形式不備の違法がある。

4  よって、原告は、本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実のうち原告が任侠団体であることは知らない。その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)(1)の事実のうち原告が意見陳述及び審尋の申立てをし、これに基づき平成四年一〇月九日に警察庁の職員三名によって原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋の手続が行われたことは認める。同(2)ないし(4)の主張は争う。

本件審理手続において口頭による意見陳述の聴取及び審尋を担当した警察庁職員は、次のとおり、行政不服審査法三一条所定の「その庁の職員」に当たるから、これらの手続には何ら違法な点はない。

すなわち、同法三一条は、審査請求の審理も他の行政事務同様、行政組織を通じて行うことができるようにするため、審査庁の権限の一部をその職員に委譲し、その庁の職員として行うことを認めた規定であるから、同条所定の「その庁の職員」とは、当該職員が審査庁の内部部局と外部部局のいずれに属するかを問わず、審査庁の指揮監督権の下に審査庁の事務を補助する職員をいうものと解すべきである。

審査請求人の口頭による意見陳述の聴取及び審尋等の法三条の指定処分に対する審査請求の審理手続に係る事務は、法二六条一項により被告の権限に属する事務とされているところ、警察法一七条、五条三項によれば、被告の権限に属する事務については、特別の機関として被告におかれた警察庁(国家行政組織法八条の三、警察法一五条)が、被告の管理の下に被告を補佐するものとされている。そして、同法七九条、同法施行令一三条一項、国家公安委員会に対する不服申立てに関する規則(平成四年国家公安委員会規則第二号)三条一項によれば、警察庁長官は、右の補佐を行わせるため警察庁の職員のうちから審理官を指名することができるものとされている。

本件審理手続において口頭による意見陳述の聴取及び審尋を担当した警察庁職員三名は、いずれも、国家公安委員会に対する不服申立てに関する規則三条一項所定の指名を受けた審理官として、被告の指揮監督の下に本件審査請求について被告を補佐して、原告の口頭による意見陳述を聴取し原告代表者を審尋したものであるから、右手続は行政不服審査法三一条所定の「その庁の職員」によって行われたものであり、何らの違法もない。

また、同法三一条によれば、審査庁がその庁の職員に口頭による意見の聴取や審尋をさせるかどうかの判断は、審査庁の合理的な裁量に委ねられているものと解されるところ、被告は、本件審理手続においては複雑多岐にわたる事実上及び法律上の論点に関する主張がされ、多数の証拠書類等が提出されることが予想されたため、その事務を適正に処理するにつき必要な知識経験を有する警察庁職員に審理に関する事務を担当させる必要があると認めて、その事務を適正に処理するために必要な知識経験を有する警察庁職員に口頭による意見陳述の聴取及び審尋をさせたものであるから、その裁量判断には何ら違法な点はない。

(二)(1)  同(二)(1)の事実は認め、本件裁決が十分な証拠に基づかない事実認定によるものであり、審理を尽くさないでされた違法があるとの主張は争う。

審査庁が同法二八条による書類その他の物件の提出要求を行うかどうかの判断は、それが審査請求人の申立てによると職権によるとを問わず、審査庁が、右書類その他の物件が当該審査請求に対する裁決のために必要かどうかを考慮して行う裁量判断に委ねられているものと解すべきであって、審査請求人の申立てがあれば、審査庁に右の提出要求を行うことが義務づけられるものではない。

被告は、本件審理手続において、処分庁が提出した原処分の理由となった事実を証する書類により、原処分の適法性及び妥当性が認められる一方、原告においては右適法性及び妥当性を疑わせるに足りる証拠を提出していなかったことから、すでに処分庁が提出した書類以外の書類その他の物件の提出を求める必要はないと判断して、原告の申立てを却下したものであるから、右却下には何ら違法な点はない。

(2) 同(2)の事実のうち原告が本件審理手続において行政不服審査法二六条に基づき証拠書類及び証拠物を提出したこと及び本件審理手続終了後に原告に返還されたこれらの証拠書類及び証拠物には、損傷や折り目などがなかったことは認め、その余は否認する。

被告は、処分庁及び原告が提出した証拠書類等を全て検討したうえで裁決をしたものであるから、本件裁決には審理不尽の違法はない。

なお、原告の提出に係る証拠書類等に損傷や折り目がないのは、被告がこれらの検討を原本ではなく、その複写物等を使用して行ったことによるものである。

(三)  同(三)の主張は争う。

原告は、本件裁決には本件処分の違法を看過した違法があるから取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、結局のところ原処分の違法性を主張するものにすぎないから、行政事件訴訟法一〇条二項の規定に照らし、それ自体失当である。

(四)  同(四)の事実のうち原告が本件審理手続において、原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋が被告の職員ではない警察庁職員によってされたことについて被告に異議を申し入れ、釈明を求めたこと及び被告はこれに応じなかったこと並びに審査庁の審理手続の違法について審査請求人は独立の不服申立てをすることができないことは認め、その余の主張は争う。

行政不服審査法四一条一項が裁決に理由を付すことを定めた趣旨は、審査庁の判断を慎重にさせ恣意的な判断を抑制するとともに、審査請求人の不服事由に対する判断を明確にすることにあると解されるから、審査庁は、同項所定の裁決に付すべき理由として、原処分に対する審査請求人の不服事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすれば足りるのであって、審査請求の審理手続に関する審査請求人の主張に対する判断まで理由として付さなければならないものではない。審査請求の審理手続の違法性は、裁決の取消訴訟において主張されるべきものであって、これを審査請求の審理手続内で争うことは、これについて独立した不服申立手続が定められていないことからも明らかなように、制度上予定されていない。したがって、原告のこの点についての主張はそれ自体失当である。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  被告は、本件審理手続において口頭による意見陳述を聴取し審尋を担当した警察庁の職員は被告の指揮監督のもとにあった旨主張する。しかしながら、警察法一六条二項によれば、警察庁の個々の職員は警察庁長官の統督に服し、その警察庁長官が被告の管理に服するのであって、警察庁の個々の職員が直接被告の管理に服することを定めた規定は存しないから、被告が本件審理手続において口頭による意見陳述を聴取し審尋を担当した警察庁の職員を直接指揮監督することについての法律上の根拠はない。また、被告には事務局がなく、警察庁の職員を指揮監督する能力もないから、現実にもこれらの職員が被告の指揮監督のもとにあったとはいえない。

2  被告は、本件審理手続において口頭による意見陳述の聴取及び審尋を担当した警察庁職員三名は国家公安委員会に対する不服申立てに関する規則三条一項所定の指名を受けているから、行政不服審査法三一条所定の「その庁の職員」に当たると主張する。

しかしながら、右規則によって、警察庁長官の指名を受けた警察庁の職員が口頭による意見陳述の聴取及び審尋を行う地位を与えられるものであるとすれば、右規則は、法二六条一項の規定による審査請求に係る事務については警察庁長官に委任できないとした法二九条に反する無効なものと解されるから、被告の右主張は失当である。

また、仮に、右規則により警察庁職員が補佐の限度で国家公安委員会の審理に関する事務に従事できるとしても、補佐とは主たる職務を代わって遂行することではなく、これを補助的に援助することをいうものであるところ、口頭による意見陳述の聴取や審尋は国家公安委員がそれによって心証を形成するために自ら臨場して行うべき最も重要な任務であるのに、本件審理手続においては国家公安委員は口頭による意見陳述の聴取及び審尋に一人も臨席せず、これらの手続全てを警察庁の職員に行わせたのであるから、これは補佐の範囲を逸脱した違法な手続というべきである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実のうち原告が肩書住所地に本拠を置く団体であること及び同2の事実は当事者間に争いがない。

二  口頭による意見陳述の聴取及び審尋の手続の違法の主張について

1  請求原因3(一)(1)の事実のうち原告が意見陳述及び審尋の申立てをし、これに基づいて平成四年一〇月九日に警察庁の職員三名によって原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋の手続が行われたことは当事者間に争いがなく、証人村上泰の証言によれば、右の警察庁職員である吉田英法、村上泰及び内藤浩文の三名(以下「吉田ら」という。)は、平成四年六月二三日、警察庁長官により、国家公安委員会に対する不服申立てに関する規則三条一項所定の審理官として指名を受けたことが認められる。

2 警察庁は、国家行政組織法八条の三に規定する特別の機関として警察法一五条の規定により被告に置かれたものであって、同法一七条の規定により被告の管理の下に同法五条二項各号に掲げる事務をつかさどり、及び法律の規定に基づき被告の権限に属させられた事務(同条三項)について被告を補佐する権限を有するものとされている。法二六条一項の審査請求に関する行政不服審査法二五条一項ただし書の規定による審査請求人の意見の陳述の聴取又は同法三〇条の規定による審査請求人の審尋は、法律の規定に基づき被告の権限に属させられた事務であるから、警察庁は警察法一七条に基づきこの事務について被告を補佐する権限を有することになる。したがって、警察庁の職員は、右意見の陳述の聴取又は審尋の手続の実施に関しては、行政不服審査法三一条に規定する被告の職員に当たるものというべきである。警察法七九条、同法施行令一三条一項の規定に基づき被告が同法五条三項の事務を行うために必要な手続その他の事項について定める規則である国家公安委員会に対する不服申立てに関する規則(平成四年国家公安委員会規則第二号、以下「規則」という。)三条一項は、被告が行政不服審査法の規定による被告に対する不服申立てについて行う審理を補佐させるため、警察庁の職員のうちから審理官を指名するものとしているが、これは、同法三一条の規定を受けてこれを内部手続として具体化したものに過ぎない。

3  原告は、口頭による意見陳述の聴取及び審尋は審査請求に係る事務の主要な部分を占めるから他に委任することのできないものであるとか、右の手続を審理官のみで行うことは補佐の範囲を逸脱するものであるとか主張する。

しかしながら、陳述を聴取する事務、検証をする事務又は審尋をする事務は、審査請求について裁決という最終的な判断をするために必要な資料の収集等を目的とするものであって、その性質上準備的なものに留まり、審査庁が当該審査請求についてこれが適法であるかどうか、理由があるかどうかを判断するために自ら行うことが不可欠な事務とはいえないから、他の者をして行わせることが可能な事務であるということができる。行政不服審査法が、これらの事務について、審査庁がこれをその職員に委任することを可能にする規定を置いているのもその趣旨に出るものというべきである。

このように、口頭による意見陳述を聴取する事務や審尋をする事務は、必ずしも審査庁が自ら行うことを要しない事務であるとすれば、これらの事務が審理官のみによって行われたとしても、審理官が審査請求に係る事務についてその補佐すべき範囲を逸脱したことになるものではない。

原告は、また、同法三一条に規定する「その庁の職員」とは、審査庁が直接に指揮監督する権限を有する職員をいうものと解すべきであるとして、吉田らは被告によって直接指揮され、監督される職員ではないから、右に規定する「その庁の職員」に当たらないと主張する。

しかしながら、右の意見聴取等の事務は、前記のとおり審査請求に対する裁決とは別個の準備的事務であって、裁決を担当する者以外の者が行うことのできないものではないところ、審査庁の中には、被告のように、字義どおりその庁の職員といえる職員を有しないものもあり、そのような審査庁については同法三一条に基づき他の職員に右の意見聴取等の事務を担当させることができないものとするのは相当ではない。したがって、同条にいう「その庁の職員」とは、審査庁が審査請求に対し適法に裁決をするため同法に適合した手続を行わせることができる程度に指揮監督を及ぼすことのできる立場にある者であれば足り、必ずしも審査庁が直接指揮監督する権限を有する職員に限られるものではないと解すべきである。規則三条一項に規定する審理官は、警察法一七条の規定によって審査請求に関する事務につき被告を補佐すべきものとされる警察庁の長が、被告が行う審理に関する事務を補佐させるため指名する者であって、警察庁の長がこれを統督し、警察庁の次長がその事務を監督する者である(警察法一八条二項)から、審査請求に関する右の事務については被告が右にいう程度の指揮監督を及ぼすことができる立場にある者であって、行政不服審査法三一条にいう「その庁の職員」に当たる者というべきである。

4  更に、原告は、法二九条は法二六条一項の審査請求に係る事務を警察庁長官に委任できないものと規定しているから、被告は口頭による意見陳述の聴取及び審尋を警察庁長官に委任することができず、したがって、警察庁長官の指名を受けた警察庁の職員が法二六条一項の審査請求の審理に係る事務に関与することを定めた規則三条一項は、法二九条に反し無効であると主張する。

しかしながら、法二九条は被告が法二六条一項の審査請求に係る事務を警察庁長官に委任することを禁止する規定であって、右事務につき警察庁が警察法一七条に基づき被告を補佐することを禁止する規定ではない。そして、規則三条一項は、警察庁が警察法一七条に基づく被告の補佐の一環として警察庁長官が審理官として指名した警察庁の職員に被告が行う審理に係る事務を補佐させることを定めた規定であって、警察庁長官が審理に係る事務について権限の委任を受けたことを前提とする規定ではない。したがって、右規定を法二九条に反するものということはできない。

5  以上によれば、吉田らは行政不服審査法三一条に基づき被告の職員として口頭による意見陳述の聴取及び審尋を担当したということができるから、右の手続には何ら違法とすべき点はない。

三  本件裁決の審理不尽による違法の主張について

1  請求原因3(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

原告は、被告が行政不服審査法二八条に基づき処分庁に本件処分の根拠となった一切の書類その他の物件を提出するよう求めなかったことをもって、本件裁決に審理不尽の違法があると主張する。

しかしながら、同条は、審査庁が物件の所持者に対して物件を提出するよう求める権限を有することを定めた規定であって、審査庁にこれを求める義務を課し、審査庁に物件の提出が行われる手続を審査請求人に保障する規定ではない。したがって、被告が処分庁に物件の提出を求めずに行われた本件裁決の審理手続が同条に違反し、審理を尽くさない違法があるとはいえない。

原告は、審理不尽をいう。しかし、本件裁決は、本件審査請求をその理由がないとして棄却し、本件処分を維持したものであるから、その裁決に当該物件の提出を求めなかったことによる審理不尽の違法があるとの主張は、当該物件の提出を求めれば裁決の結論が異なることとなったはずであるとの主張であるということになる。そうすると、原告の右の主張は、結局のところ、本件処分を維持した裁決の結論を非難するものであって、本件処分自体の違法を理由とするのと異ならないこととなるから、本件裁決の取消しを求める本件訴えにおいては行政事件訴訟法一〇条二項により主張することができないものというべきである。

2  また、請求原因3(二)(2)の事実のうち原告が本件審理手続において行政不服審査法二六条に基づき証拠書類及び証拠物を提出したこと及び本件審理手続終了後に原告に返還されたこれらの証拠書類及び証拠物には損傷や折り目などがなかったことは当事者間に争いがなく、原告はこのことを根拠に本件裁決は被告の構成員である国家公安委員がこれらの証拠書類等を検討しないままにされたものであると主張する。

しかしながら、審査庁は、裁決をするにあたり審査庁に提出された全ての証拠を検討しなければならない義務を負うものではないから、仮に被告が原告の提出した証拠書類等を検討しないで本件裁決をしたとしてもそれによって本件裁決が違法となるものではない。審査庁が参照すべき証拠を参照しなかったことにより、本件裁決の結論に誤りが生じたことがあるとしても、前記のとおり、本件裁決が本件処分を維持したものであることからすれば、その誤りは、本件処分自体の誤りであり、右主張は、結局本件処分の違法を理由とすることに帰着することとなるから、本件裁決の取消しを求める本件訴えにおいては、そのような主張をすることができないものであることは、右1と同様である。なお、証人村上泰の証言によれば、原告が被告に提出した証拠書類は、平成四年一〇月一五日に行われた国家公安委員会の本件審査請求の審理において、警察庁暴力団対策部長がこれらを説明とともに委員に示したことが認められるから、被告は、これらの証拠書類を検討したうえで本件裁決をしたものと認められるし、証人村上泰の証言によれば、被告においてはこれらの証拠書類等の取扱いにつき複写機によってその写しを作成し、これを使用してその検討をしたというのであり、これによれば原本に損傷や折り目が残らなかったことも十分あり得ることであるから、証拠書類等に損傷や折り目などがなかったからといって、およそこれらが検討されなかったということはできない。

四  原処分の違法を看過した違法の主張について

原告は、本件裁決には本件処分の違法を看過した違法があるから取り消されるべきである旨主張するが、このような主張は原処分の違法を理由とするものであって、行政事件訴訟法一〇条二項により裁決の取消しの訴えにおいては主張することができないものであるから主張自体失当である。

五  裁決の理由不備の違法の主張について

請求原因3(四)の事実のうち原本が本件審理手続において原告の口頭による意見陳述の聴取及び原告代表者の審尋が被告の職員ではない警察庁職員によってされたことについて被告に異議を申し入れ、釈明を求めたこと及び被告がこれに応じなかったことは当事者間に争いがなく、審査庁の審理手続の違法について審査請求人が独立の不服申立てをすることのできないことは法令上明らかである。

原告は本件裁決において右の異議申入れ及び求釈明についての判断がされていないことを裁決の取消事由として主張するが、行政不服審査法四一条一項に規定する裁決に付記されるべき理由とは、事柄の性質上、審査請求を不適法とし、又は理由ありとし若しくは理由なしとする裁決の結論に到達した過程を明らかにするものであれば足りるものであって、審査請求の審理手続に関する違法の主張についての判断までも明らかにしなければならないものと解することはできない。したがって、原告の主張する事実は裁決の取消事由となりうるものではなく、右主張はそれ自体失当である。

六  結論

以上の次第で、本件裁決にはこれを取り消すべき違法はなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官橋詰均 裁判官武田美和子)

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